デイ・アフター・トゥモローをTVで見たのち「紀元前1万年」を映画館で見る
ローランド・エメリッヒ作品の前作と最新作を立て続けに見たことになるが、きわめて対照的な作品であった。
デイ・アフター・トゥモローは、いわゆる「ディザスターもの」のジャンルでは好きな作品である。
劇場、TVで、もう3回くらい観ているが、何回観ても手に汗にぎり、ほろりとしてしまう。
私のような気候変動の素人には、「北極海の氷とけたらヤバいことになる」という肝の部分の不確かさが見抜けないので、上空の寒気が地上を襲うという恐怖が、非常にリアルに感じられる。
主人公は気候学者の父(とその息子)なのだが、科学者としての判断というところと、親としての愛情と信頼みたいなところのバランスもとれていて、そこもいい感じである。
で、エメリッヒ作品ということで期待して(前評判はわりと?なものが多かったが)「紀元前1万年」を観たわけだが、つっこみどころ満載という意味では充分に楽しめた(皮肉)。
物語展開の方も充分に、あれれ、な感じなのだが、それ以前に狩猟採集社会と初期農耕社会と国家の成立のあたりの世界観が、どうにも場当たり的で、残念な感じであった。
主人公達は基本的には近代的個人として振る舞うのだが、社会の仕組みが異なっているであろう近代以前の先史時代の社会でそのように振る舞うことの奇天烈さが目立ってしまい、すくなくとも高校生ぐらいの歴史知識をもっている観客の共感は得られない感じであった。
あと、「一万年前だからといって、気候がいい加減でいいわけがないだろ!」というところも、要所要所でのつっこみどころになっていた。
主たる観客であろうアメリカ人の一般的な歴史知識を、どのように想定しているのかはわからないが、いくらなんでも場当たり的にすぎると思う。
配役やキャラクター設定は、現代的な意味での人種的な配慮がわりとされていて、その分作品世界そのものへの配慮がたりず、奇妙なことになっているというのが不思議な感じであった。
マンモスの扱いも「はじめ人間ギャートルズ」並に突飛で「え~!?」という感じであった。
既存のモーションキャプチャーのデータを加工してるんだろうから、象ぐらいケチケチせずに2~3種動かせばいいのに。
結論からいえば、エメリッヒという監督は近未来スペクタクルの大ボラは上手いが、歴史系は苦手ということなのかもしれない。
ファンタジー(というか法螺話ね)というのは、作り手によって得手不得手があるということを改めて実感した2つの作品であった。
しかしリアル先史系ファンタジーというのは、なかなかいい作品はありませんな。
むむっと思ったスケールの作品は、イティ・ハーサくらいかなぁ(これも評価のわかれる作品だと思うけど)。
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