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2010年5月26日 (水)

映画『川の底からこんにちは』は『アリス・イン・ワンダーランド』よりも「赤の女王仮説」を映像化していた

魅力的な赤の女王が売り!という宣伝惹句にひかれて四月の桜の頃に観に行った『アリス・イン・ワンダーランド』は、残念ながら「赤の女王仮説」を全然ビジュアライズしていなかった。

「赤の女王仮説」というのは無理矢理要約すると、生物は全力で進化し続けることで、ようやく種として絶滅せずにとどまり続けることができる、みたいな生物学の考え方で、前向きにも絶望的にも解釈できるところがたいへん魅力的である。

鬼才ティム・バートンが、"Red Queen's Hypothesis"を、どのように料理するのか、とても期待していたのだが、自分の奥さんを面白アリスキャラに仕立てていただけで、がっかりだった。

勝手に期待して勝手にがっかりしている自分勝手な観客ではありますな。

で、五月も下旬に入ったナビスコ杯の苦い敗戦の翌日、せっかく上京したのだから小さいシアターで新潟には来そうにない映画を観ようと思い立ち、小雨の中『月に囚われた男』と『川の底からこんにちは』を梯子してきた。

前者は古き良きSFの雰囲気を漂わせた素敵な小作品であったが、エントリのタイトルにもあるように後者の方がいろいろ考えさせられた。

映画『川の底からこんにちは』は、旬の女優満島ひかりの放つオーラや、演出の面白さ(じゃっかん間口を狭めている感もあるけれども)、あるいは、中高年の性愛描写の滑稽で切ない感じなど、いろいろと魅力にあふれているのだけれども、私は非常にロジカルに、膝を打つような爽快感で楽しめた。

この作品は、私の観た映画の中で、今のところもっとも「赤の女王仮説」の映像化に成功している作品である。

『アリス~』から一月遅れで、観たかった内容の映画に出会えたのでよろこびもひとしおである。

新潟に来るかどうか目下未定なのだけれども、この泡沫ブログの読者の皆さんにも是非先入観なく観て貰いたいので、ネタバレ的なことはなるべく避ける。

物語は、主人公佐和子の口癖である「中の下だから」「しょうがない」というキーワードを軸に展開していく。そして「中の下だから、しょうがない、がんばろう」というなんとも厭世感にあふれたロジックが、物語の後半で突如巨大なエネルギーを生み出す回路に転換していくところが見所である。

映画を観てみたいという気持ちにまったくならないストーリーの要約ですんません。

で、どこが「赤の女王仮説」的かというと、「中の下」というポジションにとどまり続けるために全力で走れ、というロジックをクライマックスをもってきているところである。

これは、目的なく疾走していく青春まっしぐら映画『ボーイズ・オンザ・ラン』や、やわらかくその場所に止まろうとする青春癒し映画『ソラニン』などとは、あきらかに一線を画している。

印象的だったのは、ダメ彼氏の連れ子の娘を保育園に預ける際の受け答えで、ちょっとおかしいくらい笑い泣いしてしまった。

このシーンは映画史に残る、というか残すべきシーンである。

物語は、基本的に色恋沙汰や家族の再生みたいな流れに沿って展開していくのだけれども、昨今の青春映画とはあきらかにスケールの違う古典的なビルドゥングス・ロマンのたたずまいを漂わせていて、そういう意味でこの映画はいわゆるテン年代(2010年代のかっこつけた言い方)の枠組みとなり得る可能性をもっているのではないかとすら思った。

あと、見終わって考えを整理しているときに気づいたのだけれども、この映画の登場人物達は、都会育ちのダメ彼氏を除いて(笑)、近代的自我をもった戦後社会の市民というより、もうすこし「どすん」と時代を超えた個人事業主として描かれていて、そういうところも他の映画と一線を隠しているのではないかと思った。

考えてみれば、戦後の日本社会というのは、農地改革によって、戦前の、山漁村の小作的な立場が多数派の社会から、突如、自作農=個人事業主が多数派の社会になったところに出発点がある。

新潟県の歴史をひもとくと、それは大変にわかりやすくて、その個人事業主たちが田中角栄的なるものを支える基盤となっていくわけだけれども、これはまた別のお話ですな。

三波春夫(あ、新潟県人だ)の『世界の国からこんにちは』のメロディが高らかに流れた1970年以降、そういった多数派個人事業主第一世代たちの子女は、大都市圏に誘蛾灯に引き寄せられるかのように移り住んでいき、いつしか個人事業主感覚を社会的に麻痺させて、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』で戯画的に描かれている、しがないサラリーマン市民ちゃんたちに変化していったわけだけども(どんな日本現代史認識だ)、『川の底からこんにちは』はそういった、40年来の麻痺からの覚醒を促している、ともとれる。

クライマックスで流れる社歌の「たおせ~たおせ~せいふ~」という歌詞がもっているラディカルさは、あながちコメディとして笑ってすませられるものでもないのかもしれない(笑)。←笑って済ませている。

そんなわけで、「走り続けていなけりゃ、倒れちまう~」(from中島みゆき「断崖~親愛なるものへ」。)みたいな乾いた前向きさが、事業主感覚ではなく近代的自我にとらわれすぎた、われわれ現代っ子たちのウェットなハートを、ほどよく中和してくれる素敵な映画であった。

こういう小難しいことを考えず、ハートフルコメディとしてもかなりいけてる映画だも思います。

新潟に来たらもう2回くらいみたいものだ。いや、来てくれ~。

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コメント

初めまして。
いち満島嬢ファン(筋金入りのにわかファン)です。
この映画は満島嬢の舞台挨拶の関係で2回観ているのですが、
2回観ても感じ取れなかった切り口をここで読むことが出来て胸のすく思いです。
コメント欄でも深く触れるのは控えますが、総じて観たときのメッセージの心地よさ、満足感は十分ですよね。
ただ小手先のジョークでこねくり回す演出がどうにも…(1回目に観たときはジョーク>満足感の印象だったため複雑な気分でした)

今日「愛のむきだし」の3回目を観てきた人間としては早く満島嬢の魅力に皆が圧倒されるのを願うばかりですが…「悪人」に期待しましょう。では。

投稿: (財)pianissimo | 2010年5月29日 (土) 21時33分

>(財)pianissimoさま

コメントありがとうございます。

こまかい笑いどころというのは、好みが出ちゃうので難しいですよね。

私は『愛のむきだし』はまだ未見なので、観てみたいです。

投稿: Ivanov | 2010年5月30日 (日) 20時38分

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» 石井裕也監督・脚本 「川の底からこんにちは」 [映画と読書とタバコは止めないぞ!と思ってましたが…死にそうになったので禁煙か?]
GW真っ只中の5月1日に公開された満島ひかり主演の新作映画 GWが明け、私も公休に 満島ひかり、2009年度キネマ旬報助演女優賞受賞の注目の女優 私自身は、去年公開された堺雅人主演の映画「クヒオ大佐」で初めて知った女優さん その後、DVDで「愛のむきだし」を観 凄いぞこの娘(こ)はと気になる存在となりました。 今回どんな芝居を見せてくれるのか? 楽しみに映画観に行ってきました(^−^)b 【映画の宣伝コピー】 人生…もうがんばるしかない 心が変われば、人生も変わる おもいっきり笑... [続きを読む]

受信: 2010年5月26日 (水) 10時09分

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