2008年1月30日 (水)

1月30日(水)日本代表ボスニア・ヘルツェゴビナ戦備忘

いちおう日本代表戦だし、矢野貴章が出るかも知れないし(出なかったけれど)、ということで暇人三人衆が集まり、スポーツバーで観戦した代表戦のメモ。

・なんだかんだで、サブの画面でやっていたハンドボールの方に目を奪われてたりして。
・ハンドボールを見てから、サッカーに目線をスライドすると2秒くらい「なんで、手ぇ使わんのじゃい」というズレが生じるのが面白かった。
・高原は、フランクフルトで絶好調だったときのオーラをまだ出せていないなぁ。レッズで活躍したら再び出るんだろうか?
・巻は負傷により途中交代。大事ないことを祈りつつも、「巻がでれなければ、貴章がタイ戦に招集されるな、チャ~ンス」という悪魔のささやきがちらほら。
・前半は、ハンドボール優勢で終わる。

・後半は、山瀬投入で流れが完全に変わった。
・1点目は中澤の押し込みゴールによるもの。
・特に2点目と、3点目のスペースへの飛び出しは見事だった。どちらもショートカウンター的な流れなので、ボスニア・ヘルツェゴビナのDFラインは対処できなかったのだろう。
・岡田監督の教えを受けた選手が活躍したわけで、改めて強運の持ち主であることを確認。
・勝って、マスコミを黙らせられたことはよかったが、3点はできすぎだろう。とくにFW陣がぴりっとしないのが不安材料。

てなわけで、全体としては、多くの評論家がいうように「甲府テイスト」でしたね。
2試合目で色が出せているのはすごいことだと思う。

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2008年1月 1日 (火)

2008年1月1日天皇杯決勝鹿島vs広島TV観戦

元日でとくにすることもないので、近所の神社に初詣にいったあと、ぶらりと国立競技場にいくことを思い立つ。

東武東上線とJRを乗り継いで、千駄ヶ谷で下車。

総武線の車内には、赤い人が多く、紫の人はわずかだった。

改札をぬけダフ屋などを眺めつつゲートまでたどりつくと、なんと当日券なしとのこと。

リーグ戦の気分で鹿島vs広島のカードを考えていたが、よく考えれば、決勝戦なんだから関東圏の両チームのサポーターはみんなくるわけである。

見通しがあまかったと反省しつつ、大江戸線経由で帰宅。

あえなくテレビ観戦となる。

試合は鹿島の試合巧者ぶりが目立つ内容であった。

メンタル的にも、Jリーグ覇者としてJ2落ちが決まっている広島を呑んでかかっているのが傍目にもわかり、広島にとっては分が悪いカードだったと思う。

鹿島の巧さというのは、中盤のテクニシャンたちのパスワークや一瞬の突破を、常に繰り出してくるわけではないところにある。

なんとなくアンニュイな感じで試合を運びつつ、勝負どころでリズムを急激に変えてくるのが実に巧い。こういったリズムチェンジが守備側に困惑を生じさせているようにみえた。

1点目の内田、だめ押しの2点目ダニーロのゴールとも鹿島らしい急激なシフトチェンジからの得点であった。

2007年のアルビレックスのさわやか定速攻撃と比較してみると、ネコ科の肉食動物的な殺傷力が感じられ、憎たらしいところではある。

また、接触プレイのあとほぼ必ず転がって痛がり試合から消えるところも鹿島っぽかった。

あれは、仮にファールでゲームが止まらなくて、自分が試合から消えててても大丈夫という、仲間への信頼があってこそなんだと思うが、いつみても憎々しいものである。

対する広島は、何度かいいかたちは作れていたのだが、中盤からのタイトマークに苦しみ、なんとかゴール前にたどり着いても、最後のマークを外すことがなかなかできなくて、ノーゴールに終わってしまった。

柏木が出場停止だったのは、前線の機動力という面で痛かったようだ。

しかし、正直J2に落ちるようなサッカーではないようにみえ、つくづく不思議である。

2008年の苛酷なJ2生活に向け充分に休むことができなかったことが、広島というチームにとって凶とでなければいいと思った。

一昨年あたりからの浦和、G大阪の二強体制に強引に割り込んできた鹿島の快進撃がどこまでつづくのか、今シーズンのJ1の見所の一つであることは間違いない。

などと考えつつ、だらだらと元日の午後は過ぎていくのであった。

このブログを読んでいる奇特な読者のみなさん、今年もよろしく御願いしますだ。

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2007年6月 1日 (金)

矢野貴章のいる日本代表・雑感

ネットのニュース速報で、キリン杯初戦のスタメンに矢野貴章が起用されそうなことを知る。

どうも巻の調子があまりよくないので、巻のバックアップ的な役割を期待されている貴章にお鉢が回ってきたということらしい。

そんなわけで、仕事を早々に切り上げ、自宅で地上波テレビ観戦。

ポストプレイヤーと機動性

それなりにサッカーを見てきているので、ポストプレイヤーの重要性というのは理解している、つもりである。

しかし、巻とか貴章とかのタイプである機動力のあるポストプレイヤーというのに、どうにも違和感がある。

デフォルトのポストプレイヤー像がアジアの大砲高木琢也で、かつ、アルビでも船越の印象が強烈だったことが、その違和感の原因なのだろう。

中央ででんと構えるタイプのフォワードを戦車に例えれば、巻も貴章も戦闘機なみの機動力をもっていると思う。

両者を比較すると、巻の方がやや重量級の印象があり、貴章には軽快な印象がある。

軽さが売りになるポストプレイヤーというのも妙な感じだが、もしかするとそれがトレンドなのかもしれない。

ときおり見せる新潟っぽいワンタッチのショートパスの交換があまり成功しないのが可笑しかったが、高原との組合せはなかなかよかったのではないだろうか?

結局、貴章は、後半10分を残し巻と交替し、御役御免。

できれば得点して万能ぶりをアピールしたかったところだろうが、持ち味は出せていたのではないか?

その他の雑感

・途中出場の水野晃樹は、イケメンなのに突貫小僧で印象的だった。ギャルサポ対策なんだろうな。

・佐藤コトブキ人のワンタッチ目のボールさばきは、ほれぼれとする巧さだ。

・モンテネグロは新造チームということもあって、やや雑な印象の残るチームだった。

ともあれ、自分達のチームから代表選手が選出され、活躍するという感覚は、誇らしくもあり、おもはゆくもあり、不思議な気分である。

次の試合も先発で使って欲しいところである。

追記:試合結果など

印象論に終始して、試合結果を書くのを忘れていた(笑)。中沢ボンバヘッドと、高原のジャーマンヘッドで2点とって0封勝利でした。

交代枠は6人でたしか使い切ったような。

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2006年9月25日 (月)

ジョギングとヒーローものの主題歌の危険な関係について考える

以下は、わが愛するアルビレックスが、どつぼにはまってなかなか勝てない事態からの逃避のための文章である。

■ カリフォルニアな感じで信濃川の土手を走りたかったが、しかし。

ここ1年くらい1週間に1~2回くらいのペースで信濃川沿いのやすらぎ堤をジョギングしている。だいたい萬代橋から千歳大橋をゆっくりと1時間くらいかけて往復するようなペースだから、世間一般的には大した運動ではない。

そもそもは、フットサルでへばらない身体づくりをするためと、基礎代謝力をアップするというのが目的であった。

なにごとも形から入る私は、ジョギングをはじめるにあたって、iPodシャッフルで音楽を聴きながら、脳内カリフォルニアな感じでいこうというイメージを固め、なにはともあれiPodシャッフルを購入した。

しかし、哀しいかな、わがCDコレクションには、カリフォルニアな品揃えはまったくなかった。

仕方ないので、中島みゆきとか、Tommy february6とかとか、雅夢(iTunes MusicStoreで購入!)とかを入れてジョギング生活を開始することにした。

当初、ジョギング中の脳内麻薬物質を圧倒的に分泌せしめたのは、やはりtommy先生であった。

そう、特撮テレビヒーロー主題歌集をmino氏に紹介されるまでは。

(無駄に高校教師的回想文体だな)

■ 正義を歌いあげる音楽の楽曲的な危険性

ことの始まりは、関川村キャンプat荒川河川敷で、mino氏にヒーローものの主題歌の2枚組CDの存在を教えてもらったことだった。

はじめはドライブのBGMにいいかな、くらいに思っていた。

しかし、ちょっとして実験心でジョギング用にiPodシャッフルに入れて走ってみたら、その驚異的な身体におよぼす影響について戦慄せざるを得なかった。

まず、当然のことではあるが、ヒーローものの主題歌は、ラブソングではない。

ラブソングではない、ということは、だれかを想う気持ちというレベルで共感を誘うのではなく、直線的に、悪を倒す正義!!!というところで共感を誘ってくるわけである。

これは、危険である。

あなたvsわたし、ではなく、悪に染まりつつ世界vs正義のヒーロー、という構図なものだから、ひたすら圧が高まっていく安全弁のないボイラーのような切迫感がある。

また、楽曲的にもその切迫感があますところなく示されている。

ダンスミュージックではありえない、単純な2拍子、ひずんだギターと生楽器によって構成されたオーケストラと、ビブラスラップ(カーァッ!!ってやつね)みたいな効果音楽器?の組み合わせ。

技巧的なドラムと、ティンパニとが織りなす今日的にありえないリズム。

音楽的にどういったジャンルに属すのかは知らないが、少なくとも21世紀に入ってからはあまり聞かないタイプの音楽ということは確かだ。

そして、ヒーローの宿命と、性能!を直線的にことばにした優れた歌詞の数々!!

こういったセットが万人の脳に麻薬的に作用するのかはわからない。

が、少なくとも1965後半~1970年代前半に生を受けた男子諸君の脳に危険な物質を分泌することは間違いないのではないか、と思う。

 
■ ジョギング・ミュージックとしての「ゴーゴーキカイダー」

名曲は、数々あるが、特に、走っていて、思わずスピードアップし身体に負荷をかけてくる曲として、「人造人間キカイダー 」(1972年wikipedia詳しすぎ!)のテーマ曲「ゴーゴーキカイダー」(作詞:石ノ森章太郎/作曲:渡辺宙明/歌:秀夕木コロムビアゆりかご会)があげられる。

ちなみに、このCDを紹介されるまでは、番組の内容の方は全然覚えていなかった。テーマ曲の方もサビのあたりしか、おぼえてなかった。

年齢的に本放送は覚えてるわけないから、多分夏休みの再放送とかで適当にみていたのだろう。wikipediaの記事を読んでもハカイダーしか思い出せないし。

この歌が基本的にジョギング向きなのは、単純な2拍子なためだ。

リズムを固定されると、ストライドで速度を調整することになり、気分が高揚してくると、なにも考えないで勝手にスピードアップしていく感じになる。

リズムはドラムでなく、鈴!(小学校の演奏会で多用される奴ね)でつくられ、要所要所に、ティンパニと、金管楽器と、なんというのかわからん強風のような音を出す効果音楽器が入る。

普通の状態で聞いていれば、単純すぎる構成だが、運動しているとこの単純さがここちいい。

また、歌詞内容が秀逸である。

歌い出しは「switch on!! 1、2、3」。

始まるときにスイッチオンから始まるというのは、コンピューターのプログラムの冒頭の宣言文のようで、直球勝負である。

走っていると、ここで、まず気合いが入ってしまうわけだ。

正義の味方としては、ちょっとスイッチを入れてから起動するのに時間かかりすぎなんでないのか、という気もしないではないが、まあ、21世紀に入ってもコンピューターの起動には数十秒かかるのだから、この辺はしかたない。

次の歌詞は、「電流、火花がからだを走る」。

電流が走るのは機械の体だから当然としても、火花が走るところは、いささか整備不良な感じがしなくもない。

しかし、逆にいえば、起動時に起動回路に火花が走るくらいまで切迫した運用状況なんだぞ、ということを暗示しているとも考えられる。

日頃不摂生をしている自分の身体と、ここでもシンクロすることになる。

そして、いろいろな不安要素をかかえつつ次の歌詞が、

ジロー、チェインジ~、キッカイダ~

ここで、主人公の名前とヒーローの名前が一気に宣言される。

changeのところが、チェンジ、ではなく、チェイィンジ~のように発音される。

これが日本語英語的で心地よい。

さらに次の歌詞で、たたみかけるように、ヒーローの使命を宣言。

ダークロボットむかえうて、人造人間、キカイダー

なるほど、ダークロボットという、いかにも、「悪」な名前のものを、積極的に攻撃するんじゃなくて、「むかえうつ」ことがキカイダーの使命なんだということが、早くもここで理解される。

そして、歌詞は、change と、go を連呼するサビにうつって簡潔に終了してしまう。

goの連続のところが、ゴッゴゴッゴ~という連鎖になるのは、ヒーローものによく見られるが、元ネタはなんなんだろうか。

ともあれ、歌詞内容の構造を要約すると、起動フェーズ、名称の宣言、使命の宣言、終了というきわめて単純なものであることがわかる。

この曲が、2~3キロ走ってちょっと疲れてきているときに流れると、ほんとに自分の身体が機械にでもなったかのように、勝手にスピードアップしていくのだから不思議だ。

私だけの特殊体質なのかもしれないが、是非、みなさんにも一度ためしてもらいたいものである。

■ このエントリの解説

どうでもいいことを、分析的に熱く語ることは語彙的に難しい。

とくに音楽のここちよさを解説するのは困難で、うだうだ書いているうちに異常な長文となってしまった。

しかも、推敲を繰り返しているうちにアルビレックはホームで1勝。

文章を書くエネルギーの根元が解消されてしまいました(笑)。

これにめげず、次は、「ジョギングミュージックとしてのロボット刑事について」に挑戦だ!
(公開未定)。

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2006年6月13日 (火)

日本vs豪州戦をスポーツバーで観た

W杯初戦である日本vsオーストラリア戦を近所のスポーツバーで観た。その備忘。

店内はびっくりするくらい混雑しており、キックオフ2時間前くらいからかなりの喧噪状態だった。

以前チャンピオンズリーグを夜中に見に行ったときは、数えるほどしか客のいなかった店内が、ドリンクに行列ができるほどの混雑ぶりでした。

あらためて、みんな代表が好きということと、メディアの影響というのはすごいということを実感。

アルビレックスのG裏で顔見知りのS氏がいたので並んで観戦する。

お互い「AWAYな雰囲気ですなぁ」と苦笑気味なのが、可笑しかった。

キックオフ前になると店内のボルテージはさらに高まり、ニッポンコール、手拍子、国歌斉唱など、テレビでよく見るスポーツバーのような状態が現前にあらわれ、なんとも場違いな気分になる。

試合は、結果、内容ともに順当、というところなのだろう。

正直、なにかちょっとした奇跡が生じない限りオーストラリアに勝つのは難しいだろうと思ってはいたし、ジーコにはそういった奇跡を呼び寄せる力があるのではないか、とも思っていた。

しかし、そういったものは、強豪国が手を尽くして臨む試合には簡単には訪れないもののようだ。

選手の力は得手不得手の差はあるにせよ、五分のようにみえた。

監督力の差が決定的であった。

正確にいうなら、ジーコが監督として劣っているということをいいたいのではなく、監督としてゲームをコントロールするという能力が決定的に異なっていたということなのだろう。

ジーコが小野投入によってコントロールしようとしたものは、ボール保持率をあげて、ゲームをぐだぐたにしていこう、ということだったのだと思う。

しかし、日本代表は、そんな勝ち試合のブラジルのようなアンニュイなことは好まないし、やったことがないのではないか。

一方ヒディンクは、FW連続投入によって「勝ちにいく」というメッセージを大音声でスタジアムに示した。韓国代表の監督をしていたときもこの手をつかっていたが、これを普段から練習プログラムにいれているとしたら、相当なリアリストだと思う。

個人的には坪井の負傷によって投入された茂庭が、大黒と交代させられていたのが、ジーコジャパンのゲームコントロール力のあり方を示しているようで、せつなかった。

ともあれ、これであとがなくなったわけだから、次は背水の陣でクロアチアに臨むことになるわけだ。

もたらされるものが、甘美なものであれ、苦渋にみちたものであれ、フットボールは観る者の理性と感情を激しくゆさぶりますなぁ。

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