2007年3月27日 (火)

追悼 植木等

植木等がこの世を去った。

昨年末青島幸男が亡くなってびっくりしていたら、今度は植木等である。

日本のマス・エンターテイメント(という言葉があるかどうかはしらないけれども)の骨格を作った人々が、次々に失われていくのは、本当に寂しいことである。

植木等がメインボーカルをつとめたハナ肇とクレイジー・キャッツという存在は、われわれが思っている以上に大きいのではないかと思う。

彼らが一世を風靡する以前と以後では、日本語のことばとしての骨格が違ってしまっているような気すらする。

とくに都会的な「軽やかさ」の表現の仕方というのは、よくもわるくも、彼らによって決定的に影響を受けているのではないだろうか。

碇屋長介がその著書『だめだこりゃ』で、クレイジーのセンスにはどうやってもかなわなかった、というようなことを書いていたが、ドリフの可笑しさというのも、クレイジーを踏まえた上で展開されているように感じられる。

多感な頃にに強く影響を受けたため、思い入れが強すぎるのかもしれない。

だれかきちんとした評論をしてくれないかと思う。

ともあれ、われわれに大きな影響を与えた人物がまたひとりいなくなった。

彼らの仕事への敬意の中から、これからも良質なエンターテイメントが生まれてきますように。

合掌。

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2006年12月21日 (木)

追悼 青島幸男

青島幸男がこの世を去った。

振り返れば、わが思春期にもっとも大きな影響を与えたのは、青島幸男&クレイジーキャッツの楽曲であり、東海林さだおのエッセイであった。

青春真っ盛りの友人達が尾崎豊やBoφwyなんかに傾倒する中で、私は、ひたすらすちゃらかなサラリーマン世界を憧憬していた。

根っこのところで、逆の逆をついて悦にいっているような嫌な高校生であった。

大学に入ってからは、幸い根っこの曲がった人達と知り合うことが出来、クレイジーキャッツの楽曲を基礎教養とする世界を生きることが出来たわけだが、これは奇跡的なことだったのではないかと思う。

年月を経て、念願叶って、めでたくしがないサラリーマンになったわけだが、哀しいかな、憧れていた高度成長期のすちゃらかサラリーマンの世は、遠く去っていた。

残念なことである。

さあ、いっちょヴァ~っといくか、という感じで働きたかった、と思う。

つくづく、青島幸男の世界を同時代的に感じたかった、と思う。

あと20年早く生まれていれば、と思う。

合掌。

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2006年11月22日 (水)

備忘:新潟市新津美術館で安彦良和展をみた

新潟市新津美術館のページはこちら 。

・ほぼ「ガンダム展」と呼ばれちゃっている安彦良和原画展をアルビ観戦仲間のkoikel一家と観覧。

・安彦良和はガンダム以外にもいろいろアニメを手がけていること、最近は歴史を題材とした漫画をたくさん書いていることを、あらためて知る。

・安彦良和の手がけたガンダムやクラッシャージョウのポスターやレコードジャケットは、記憶力の増進していた少年期に見たせいか、非常にあざやかに覚えていることにびっくりした。

・はじめは、アート作品としてしげしげと見ていたが、終わりの方はガンダム名台詞大会になってしまい、koikel氏と盛り上がる。

・美術館でアニメーション作品やマンガ作品関連のものを見るのはやや違和感がある。それは多分、作品の完結性をめぐる居心地の悪さだと思う。

・ガンダムというアニメーション作品は、完結性を失って、もはやエコシステムのようなものになっているのではないか。

・作り手としては、自分の手がけたものがアート作品でもプロダクツでもない別次元のシステム的なものになっているのはうれしいのか、そうではないのか、どちらなのだろうか。

・さらには知財戦略的には、そういったシステムのようなものになるのは、どんなものなのか?

以上、企画展を見て考えたことのまとまりのないメモ。

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