2008年2月 5日 (火)

ぶらり電車で温泉旅行

今週は、月曜火曜の変則休日だったので、本日もホリディなのであった。

午前中はPCでネット環境を整えたり、プログラミングの勉強などをして過ごし、午後は姥ヶ山方面へ買い物へ向かうのであった。

最近は、ムサシ~AEON新潟南店というのが買い物ルートとなっており、市街中心部に居を構えているわりには、ショッピングスタイルは郊外型なのであった。

帰路、これまたやや郊外型の弁天橋スターバックスコーヒーで、明日で購入1周年となるW-ZERO3esさんでポチポチとRSSリーダーなどをチェックしていたのであった。

で、突如

「いかん、こんな車で移動して、郊外型の店でモバイルなんて、まるでアメリカ人みたいじゃないか? This is a song for USAじゃないか?」

という危機感が生じたのであった。

で、急遽自宅に帰り、改めてバスで新潟駅までいって、磐越西線にのり、東新津駅までいって、駅前にある秋葉温泉花水へ向かったのであった。

ここで温泉うさぎちゃん(われながら古いな~。11PMかトゥナイトかどっちだっけ?)であれば、泉質についてなまめかしく語るのであろうが、いかんせん素人なもので、「どちらかといえば、しょっぱいお湯」としかいいようがないのであった。

今回は、はじめてリラクゼーションルームなる部屋に入ってみたが、水槽がとても幻想的でよかったのであった。

自宅のメダカ水槽が、やや荒廃するスクールウォーズ高校みたいな状況になっているのに較べて、すばらしく手入れが行き届いているのであった。

電車で温泉、しかも最寄り駅から30分くらいでというのは、東京で暮らしていたころには考えられない贅沢さなのであるが、新潟という街はモータリゼーション前提になっているので、あんまり認識されていないように思うのであった。

単線の東新津駅で、会津若松行きの最終電車(つうか、何時に会津若松につくのだ)などを見送りつつ、青春真っ盛りの高校生たちを横目に見ながら、帰りの電車を待つ、わりと充実した一日であった。

(と、文体を、意識的に『刑務所の中』っぽくしてみた、のであった。)

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2007年10月29日 (月)

三条市中浦ヒメサユリ森林公園ソロキャンプ紀行─その2─

◇……前回まであらすじ いろいろ思い悩んだ「私」は、三条市中浦ヒメサユリ森林公園でソロキャンプすることに決めたのであった。

そんなわけで、車に荷物を積み込み、三条市に向けて出発した。

私のソロキャンプは基本的なコンセプトとして「攻撃的引きこもり」というテーマを掲げている。

これは、大阪万博にとっての「人類の進歩と調和」みたいなもので、ここをないがしろにするわけには行かない。

なので、キャンプ場周辺を散策したり、なにか生産的なことはせず、ひたすら「読書」するというのが主な作業ということになる。

で、読書の友といえばコーヒーなわけだが、これがなかなか難しい。

いつもは、屋外用のドリッパーでコーヒーを落としているのだが、一杯ずつ淹れるのはめんどくさく、かといってまとめてやると冷めてしまうのである。

とりあえず、ステンレスの魔法瓶に無理矢理ドリッパーを乗っけて3杯分くらいを落としているのだが、どうしても横ちょから粉やらコーヒーやらがはみだしてしまい、格好悪いことこの上ない。

なので、今回は小さいパーコレーターを買い求めて、そいつでコーヒーを淹れてみることとした。

キャンプ場にいく途中、三条のアウトドアショップWESTに立ち寄り、キャプテンスタグ製の小型パーコレーターを購入する。

ステンレス製でなかなかにかっこいい。

途中、地元のスーパーマルイで食料品を買い、五十嵐川沿いにずんずんとすすんで、キャンプ場に向かう。

今回は有料サイトなので、管理人に料金を払う。

しきりに「寒いからバンガローにしなさい」といわれるが、そうすると主旨がなんだかわからなくなってしまうので、固辞。

「たしかに、10月も半ばだってのに一人でキャンプって、物好きにもほどがあるよなぁ。」

と、しばし反省。

引きこもり感あふれるキャンプサイト

今回は、雨の降りそうな月曜日ということもあって、キャンプサイトは完全に私一人の独占状態であった。

なので、どこにテントを張るかは、自由気まま、「張りたい放題」なのであった。

で、一番高いところにある平坦地を選び、動線の中央付近にどか~んと位置をさだめる。

高台が谷に張り出している感じで、ちょっと「ロード・オブ・ザ・リング─王の帰還─」に出てくる馬鍬砦っぽい雰囲気なのであった。

といっても、わが愛テント(という表現はあるのか)ランドブリーズソロはとても小さいので、平坦地中央に張ると、なんだか借りてきた猫のように所在なさげな感じになる。

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しかも、出発がおそかったのでだんだん日が陰ってきて、さらに所在なさげ感が強まる。

前回は、ペグ(杭ね)の打ち方がよくわからず、サイドのペグを間違えて本体固定に使ってしまい、フライ(覆いね)がたるんでしまって、夜露がテント本体につたってきてしまったので、今回はきっちりサイドを重視した打ち方を心がける。

次に、テントの前面を覆うように、ペンタ(五角形のタープね)を張って、衣食住の「住」の部分を完成させる。

タープを張ると、いい感じで目隠しになり、引きこもり感がより強まる。

これで今宵の豪華1LDKの我が家の完成である。

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──まだひっぱってその3へ──

 

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2007年10月17日 (水)

粟ヶ岳キャンプ場・リベンジな感じの三条市中浦ヒメサユリ森林公園ソロキャンプ紀行

◇……前回のソロキャンプのあらすじ
粟ヶ岳キャンプ場で、深夜の駐車場で青春を謳歌する若者達の笑い声に寝込みを襲われ、すっかりおびえきってしまった「私」は、太陽の光のありがたみを噛みしめながら、すごすごと家路をたどったのであった。(って、直前のエントリだからあらすじいらないんだけどね)。

そんなわけで、前回のソロキャンプは、率直にいって

「私の頭の中の負け犬」

を認識する良い機会であったわけである。

それはそれで大変貴重な経験だったのだが、せっかくソロキャンプに出かけて、自分を見つめ直した結果が、「負け犬」ですか?という忸怩たる思いも多少あったのも事実である。

帰宅後、脳内では

「負け癖がついてしまうのもいかがなものか」

という脳内タカ派による猛烈な巻き返しがはかられた。

対して脳内ハト派は

「負け犬は負け犬、ダメなものはダメ!」

という現状維持路線で依然強い結束力を保っており、脳内の政局は、著しく流動化していたのであった。

そんな緊迫した状況で、月火の変則連休を迎えることとなった。

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2007年10月14日 (日)

キャンプがしたかった、どこでよかった、今は反省している、な感じの加茂ソロキャンプ紀行─その2─

……前回までのあらすじ

ようやく遅い夏休みをとることができた「私」は、加茂でソロキャンプをすることとなった。温泉などに入り、すっかりくつろいだ「私」は、キャンプサイトへ戻り、夕食の準備をはじめる。

◇ ソロキャンプの醍醐味はおびえる自分との戦いとみつけたり

今宵のディナーは、コッヘルで炊いた飯と、ファビーニョの笑顔がまぶしいアルビレックス・新潟カレー。

ソロキャンパーとしては許されないような気もするが、カレーの付け合わせにらっきょうと福神漬けは欠かせないので、クーラーボックスにしのばせてあった。

きちんと付け合わせのある野趣あふれない夕食となる。

おとなりには、原付で旅しているらしいストイックな若者キャンパーがテントを設置しており、そのつつましやかな様子に較べ、こちらの中途半端ぶりに引け目を感じるが、かまわず完食。

食後のコーヒーなどを楽しみつつ、持参した神崎宣武の『江戸の旅文化』を読む。

リビングが(コンクリート製だけどね)寒くなってきたので、テントに入り、さらに読書を続ける。

モンベルの寝袋はさすがに保温性がよく、いや、むしろよすぎて暑いくらいなので、半身を出してヘッドランプの明かりで読書。

この本は、江戸時代の旅は、わりと安全でシステマチックだったということを伊勢参りなどを事例として紹介している本で、わりとぐいぐいと読める。

が、すでに風呂に入っており飯もたらふく食ったので、9時くらいには眠くなりうとうとと眠りに落ちた。

ふと物音に気づいて目が覚めると、どうも愛車マーチちゃんを止めたあたりで、若者たちが笑いさざめいている気配がただよっていた。

寝起きというのは総じて気弱なものだが、ソロキャンプで物音に気づいて目が覚めたときの「寝込み襲われた感」は格別なものである。

寝起きの脳味噌の中では、「マーチちゃん五寸釘でパンクさせられてる」とか、「マーチちゃんブレーキペダルに細工され、知らずにのって谷底に転落、グッバイ青春」といった妄想がコンマ何秒かのうちに展開される。

だいたい、『13日の金曜日』の例をひくまでもなく、若者集団とキャンプ場が揃えば、おのずと禍々しい事態が生じるものなのである。

5分くらい身じろぎもせず、「やばい、ここにテントがあることに気づかれたら、狩られちまう」みたいな、ライオンに襲われたうえに足がつった温泉うさぎちゃん(オシム&11PMのマッシュアップ)な恐怖と闘うハメとなる。

しかし人間の心というのはよくできたもので、ある程度恐怖のパターンが出尽くすと、ともあれ状況を把握したい好奇心が強まってくる。これは恐怖に打ち勝ったとかそういった高尚なものではなく、単純におびえることに飽きたような感じなので、自分でも自分をほめる気にはならない。

気分は、おびえるうさぎちゃんから、戦争映画『バンドオブブラザーズ』のウィンタース少尉な感じに切り替わり、「合図したら、テントの入り口を開き、あの藪まで走って敵兵の様子を探れ!」といったアクティブなものとなる。

寝静まったキャンプサイトでは、テントのジッパーを開く音というのはとても大きいものだが、すっかりウィンタースな精神状態になった私は、一瞬でテントを開き、寝袋から飛び出して、身をかがめながら「move!、move!」(だいたい米国の戦争映画はこういっている)な面もちで、トイレに行く振りをしつつ、車の様子を確認する。

斥候の結果、どうも駐車場でスケボーの練習をする若者諸君が、青春を謳歌しているだけらしいということが判明。

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」とはこのことであろう。

0030頃には若者達は引き上げた様子で、あたりはふたたび静寂につつまれる。

テントに戻って再び寝るが、今度はキャンプ場の周辺に生えている栗の木から栗の実がおちる音で、「熊出没注意→引き裂かれるテント→死んだ振りをするもあえなく一撃」みたいな弱気妄想が寝込みを執拗に苛む。

なんとも寝苦しい睡眠であった。

私の場合、ソロキャンプの醍醐味は、おびえまくる自分を発見するところにあるようだ。ま、人それぞれなんだろうけどね。

一夜明けて、朝日が射し込むと、面白いもので、昨晩の恐怖詰め合わせセットがウソのようにきれいさっぱり消える。

太陽というのは、つくづくありがたいものである。

夜露であらゆるものがじっとりしている中、昨日の残りもので朝食をすませ、テントとタープを干しながら読書を続け、昼頃に家路についた。

仲間とのキャンプも楽しいが、ソロキャンプもまた楽しいものである。

まぁ、基本的には屋外の引きこもりみたいなものなんですけど(笑)。



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2007年10月13日 (土)

キャンプがしたかった、どこでよかった、今は反省している、な感じの加茂ソロキャンプ紀行─その1─

半月前に半分くらい書いて、途中で飽きてほっぽりだしたのだが、消すのももったいないのでエントリ。

しかも懲りずに長文になってしまったので、読者のニーズがあるのかどうか知りませんが、連載形式にします(笑)。

◇ ようやくとれた、「あたいの夏休み」(元ネタ中島みゆき)

夏場の連続残業の日々から解放され、ようやく遅い夏休みをとることができた。

今年の夏休みは、北海道へ船旅でもしようかと漠然と考えていたのだが、休みの日程と新日本海フェリーの運航日程が絶妙に噛み合わず、あえなく計画倒れとなる。

さて、こうなると残された夏期休暇の有意義な過ごし方としては、24時間耐久マンガ喫茶か、ソロキャンプくらいしかなくなる。

いや、まだ有意義な選択肢はあるんだろうが、それくらいしか思いつかない。

耐久マンガ喫茶は積年の課題なのだが、肝心の腰をすえて読みたいマンガが思いつかない。

ドラゴンボールとか釣りキチ三平とか、あるいはコチ亀とかを一気に読み終えたらそれなりに達成感はあるのだろうが、どれもそんなに読みたいという気分ではない。

で、耐久マンガ喫茶はまたの機会ということにする。

◇ 攻撃的ひきこもりの一形態としてのソロキャンプ

そんなこんなで、消去法的、かつ、いきあたりばったり的な展開でソロキャンプをすることとなった。

一般的にキャンプというものは、「自然の息吹を感じ、人と人のつながりを再確認する」みたいな開放的かつポジティブなイメージをもっている。

ソロキャンプというのにも「大自然の中で孤独を堪能する」といった人としての強い意志みたいなものが前提としてあるような気がする。

しかし、自信をもっていえるが、私の単独キャンプにはまったくそういったポジティブな要素はない。

昨年の沼沢湖ソロキャンプ に引き続き、「家にいるといろいろ雑事にかまけて、焼酎とか飲んじゃうのでなんとかしたい」といったきわめてネガティブな要素に満ちているのである。

いわば、攻撃的ひきこもりみたいなものである。

いや、オシム流にいうなら「水を運ぶ」ひきこもりみたいなものか。

なので、どっか風光明媚なところに行くというよりは、人里にほどよく近く、車でアクセスしやすく、温泉などもそばにあるポイントを選ぶことになる。

そんな選考基準で選ばれたのが加茂の粟ヶ岳の入り口にあるキャンプ場。

加茂の町中のリオンドールで食材などを買い求め、1600時頃、ふらっと立ち寄る。

愛車のオンボロマーチちゃんのトランクから、いそいそと所帯道具のはいったコンテナなどを積み出し、キャンプサイトに設置。

手慣れたバックパッカーなどであれば、ザックから手際よく道具を取り出し、さくっとテントを張って、風景でも楽しむのだろうが、そこが攻撃的引きこもりの悲しさ、いろいろ所帯道具を運び込むのに手間取り、なんやかんやで小一時間かかってしまう。

このキャンプ場は、コンクリート製の机、椅子が完備されていて、その横にテントを張ったものだから、いきなりリビングつきな感じのゴージャスな居住空間が完成する。

私には、辛いこと、哀しいことがあるとアウトドアグッズを買う性癖があるのだが、今回は企画展の準備で紙くずのようになってしまった心身を癒すために、使う暇のなかったボーナスで、モンベルの寝袋バロウバック#4とsnowpeakのランドブリーズソロを奮発し持参していた。

なんで、わりと見かけは絵になるキャンプサイトであった(自慢したいところだが写真撮るのを忘れた)。

ひとごこちつけたのち、ちょっと道を引き返して、「美人の湯」でひとっ風呂浴びる。

美人の湯は、工事中で、温泉の元仕様だったのが、やや画竜点睛を欠く感じだったが、さっぱりと汗を流してしてテントに戻った。

以下次号

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2007年2月 1日 (木)

Nagoya sentimental walk あるいは「時をかける酔っぱらい」

昨日今日と博物館関係の研修で名古屋に行っていた。

主催者が気を利かせて早い時間に懇親会を設定してくれたおかげで、1900頃には自由時間となり、せっかくだから、ということで小6~中2の多感な時期を過ごした栄~名城公園~黒川あたりを散歩してきた。

懇親会で飲んだ酒のせいでほろ酔い気分だったせいで、ひとけのない市役所界隈を、鼻歌など歌いながら歩く。

はじめは、「俺達の名古屋~」など、ご当地サポソンを口ずさんでいたが、それに飽きると昨年さんざん歌っていたヤノキショ~のテーマをパワープレイしはじめる。

この歌は、とことんポジティブなメロディラインが酔っぱらい向きである。

住んでいた官舎のあたりを通り過ぎ、母校のあたりをへめぐる。

もう20年以上くらい前の記憶になるわけだから、そうとう脳内で美化されているかと思いきや、現在の母校界隈は、高速道路の高架がかかって、さらにはICのランプウェイがきれいな曲線を描いていて、まったく往事の面影を残していなかった。

まぁ政治的に正しい物言いでは、「ふるきよき町並みの景観を破壊する行為」なんだろうけど、わりときっちり近未来的な感じに仕上がっていて、根がサイバーパンク好きの私としては、

「なんか「TOKIO(byYMO)」」みたいで、かっこいいじゃねぇか。」

という印象を持った。

思えば、東京から引っ越して名古屋に転校し、「~じゃん、とかいっとるがや」とか「巨人ファン」とか、不当に東京モン扱いをうけ、

「ああ、あの巨大なデパートのある大都会(池袋ね)にもどりたい、素敵な青い国電のはしる大都会(京浜東北線&王子駅ね)にもどりたい、トラディショナルな寺院の縁日の立つ大都会(巣鴨ね)にもどりたい」

と日々、東京(北区&豊島区なんだけど)に帰ること夢見ていたあの頃の町が、20年後よりTOKIOな感じに変化しているというのも面白い話である。

あの頃の自分が、ほろ酔い気分で「おめきめれキショ~」とか歌いながら歩いている30男from Niigatacityをみたらどう思うのだろうか。

確実に「こういう大人にはなりたくない」と思うだろうな~。

すまん少年時代の俺、

とか、いいつつ、「でも、今が一番、明日の方がもっとすごいぜ」とか根拠なく思っているのが、私の美点でもあり欠点でもある。

しかし、自分が新潟で職を得て、その町のサッカーチームに入れ込むことになっているというのは、少年時代の自分の想像の範疇の外側にあることは間違いない。

人生って面白いですな。

PS、ヤノキショ~の歌よりも、実際はサポ~ロの歌をくちずさんでいる時間の方が圧倒的に長かったことは、文学的見地からかんがみて秘密です。

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2006年9月 9日 (土)

奥会津ソロキャンプ紀行──その2

河井継之助記念館を出て、国道252号線で金山町へ向かう。

このあたりは、ほぼ只見川沿いの道である。

只見川という川は、明治時代から発電用のダムがたくさんつくられた川だそうで、そのせいなのか、TVなどでみるヨーロッパの川のようなゆったりとした水面が眼下に広がっていた。

会津川口駅前で車を止め、食料を買い込む。

走っていればJAのスーパーマーケットくらい見つかるだろうと思っていたが、期待は裏切られ、駅前の古式ゆかしい食料品店で夕食用のレトルトカレー、朝食用の牛乳、ソーセージなどを買い込み、同じく駅前にあるベーカリーで食パンを買って、沼沢湖へ向かう。

■ 月曜日の沼沢湖

沼沢湖にいくには、只見川を離れ、ごりごりとつづらおれの坂道をのぼらなけばならない。坂道を上りきると、椎名誠記念館があったり、美術館があったりする(平日は休館だけど)文明世界がひろがっているのだが、薄暗い坂道を上っていく感じが、なんとも俗世間を離れる感じで、すがすがしくもあり、心細くもある。

ものすごく暇そうな管理事務所で手続きをして、キャンプサイトへ。

到着したときはだれもいなかったので、炊事場と便所にほどよく近い場所に居を構えることととする。

わりと手際よくテントを組み立て、道具類なども配置。
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我がキャンプ道具類の購入の基本的なポリシーは、新潟県産のグッズをなるべく選ぶというものである。

なので、むしゃくしゃして衝動買いしたsnowpeak製品と、スーパーセンターなどで適当に購入したCAPTAINSTAG製品によって大部分が構成されている。

実際並べてみると、道具にこだわるストイックなソロキャンパーなのか、ファミリーキャンパーなのか自分でもよくわからなくなる品揃えである。

ともあれ、一通りセッティングが終わったので、事務所でもらった割引券をもって、山を下りたところの早戸温泉の日帰り温泉施設つるの湯へ向かう。

■ 早戸温泉つるの湯は秘密基地風のたたずまい

車をとめ、建物の入り口へ向かうと、何故かエレベーターの入り口しかない。

どうも只見川に降りていく谷の斜面に、建物がたっているらしく、3Fから入場して1Fで受付し、入浴という仕組みになっているらしい。

ひなびた温泉街にいきなり、近代的なエレベーターの乗降口があるのでなんとも秘密基地風で面白かった。

只見川の水面を見下ろしながら入浴する。

■ 三浦展を沼沢湖畔で読み都市について考える

キャンプサイトにもどると、登山客らしい男性3人組と、バイクでツーリング中らしい若者のテントが建設されていた。

コーヒーを淹れ、持参した三浦展の『マイホームレスチャイルド 下流社会の若者たち』を読む。

三浦展は、高円寺とか吉祥寺で、まったりとカフェとかやっている若者にこそ日本の未来があると主張しているのだが、人気のない沼沢湖畔でそういった話を読んでも、いまひとつ説得力がなかった。

日が暮れてきたので、ヘッドランプの明かりで米を炊き、ボンカレー21をかけて食べる。

夕飯を食い終わると、すっかりとあたりは暗くなった。

日暮れ時~宵の口というのは一日のうちでもっとも人恋しくなる時間のようで、そういう時間に一人で暗闇の中で煮炊きしていると、発作的に強烈な孤独感に苛まれる。

そういったややパニックめいた気持ちにじっと耐えていると、やがてウソのように孤独であることに慣れてしまうのだが、ああいう孤独感は街で一人でぶらぶらしていてもなかなか味わえるものではない。

自分の気持ちのアライメントを整える意味でも、たまにソロキャンプしてみるといいのかもしれない。

三浦展を読み終えたので、テントにこもって、地理学者でもあり民俗学者でもある千葉徳爾の『新考 山の人生』を読みながら就寝。

夜中に、巨大な虫がテントに進入してくる悪夢などを見る。

標高が高いだけあってかなり寒かった。

■ スリルとサスペンスの国道352号

翌朝は、食パンを焼いて朝食を済ませ、9時くらいまで読書する。

工事でもしているのか、湖沿いの道をトラックが激しく行き来し、のんびり本を読んでいるのが申し訳ない雰囲気になってきたので、撤収。

会津坂下から磐越自動車道で新潟へ向かうのが最短だが、あまり面白くないので、南下して昭和村の「からむし工芸博物館」をみて、檜枝岐村から国道352号で小出に戻るルートをとることにする。

060905_1032 からむし工芸博物館では、いままで漠然と高級な麻みたいなイメージでいたからむしが、実はとても奥深いものであることを知った。
とくに、会津~新潟県中越地方との関係の深さを考えさせられた。

国道352号は、わが心の怖い道ベスト3に入るスリリングな道で、特に奥只見湖沿いの箇所が日本の景色とはおもえない印象であった。

落石防止のためにコンクリートで塗り固められた谷筋を、3回くらいいったりきたりしなくてはならないところはファンタジー映画にでも出てきそうな雰囲気だった。

銀山平からシルバーラインという、これまた映画に出てきそうなトンネルだらけの道を通って湯ノ谷村に出、しばらく走って、ようやく国道17号に出ることが出来た。

2桁の国道はとても安心感があるわ。

そんなこんなで、結局小出から出発して、小出に戻る奥会津ソロキャンプ紀行は、なかなか刺激的なものでした。

と、紀行文の続きを書いていたら、アルビレックス7-0で磐田に大敗。

とほほ、ですなぁ。

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2006年9月 7日 (木)

奥会津ソロキャンプ紀行──その1

■ ぼくらがソロキャンプに出る理由

と、さわやかに書き始めてはみたものの、なんのことはない。

家にいるとつい雑事にかまけてしまい、さらには日常のさまざまな憂さを晴らすために各種アルコール飲料などをたしなんでいるうちに意識を失い、気がつくと朝になっているということが常態化しているためである。

改めて文字化すると軽いアル中のようでもあるな。

まぁ、独居勤め人としては正しい日常だともいえるが、こういった日々を過ごしている結果、本を読む時間が減り、いたずらに買った本が積み上げられている事態が生じている。

我がことながら腹立たしいものである。

それで月~火の連休にキャンプに出て、酒を断ち、ネット環境、TVラジオを断ち、俗世間を離れて日がな一日本を読んでいようと思いたった。

自然の息吹を感じるためとかではない、かなり不純な動機のソロキャンプだ。

■ 小出から国道252号経由で只見町へ

新潟市在住の場合、ふとキャンプに出ようと思うと、村上方面へ北上する、佐渡へわたる、津川方面から会津へ入る、南下して群馬長野県境方面へ向かう、などのルートがある。

当初は、津川方面に向かい三川の山中にでも入るかと思っていたが、月曜の朝になってふと、

「最近愛車につけたETCの通勤割引を使えば、小出までなら半額ではないか。」

ということを思いつき、急遽、小出から会津へ入るルートを採用する。

060904_1148小出から只見町へ向かうルートは、ほぼ只見線のルートであり、かつては六十里越えと呼ばれた峠道である。積雪のため冬季は封鎖されるという。

かなりの難路をイメージし及び腰でハンドルをにぎっていたが、思ったよりも整備された道で景色もよく快適だった。

田子倉湖の水面などを眼下に見下ろし、峠道を下る。


田子倉ダムの展望台で休憩をとり、ダムの絶壁をみて、こういう場合の定番の火曜サスペンスのテーマなどを心の中で口ずさんだのち、只見町市街へ入る。

昼食の時間になったので、只見駅前の食堂でそばなどをすすり、さらに只見川沿いに下っていく。

途中、河井継之助記念館があったので、立ち寄る。

このへん、文体的にブラリ旅感が演出されすぎているようであるが、ほんとにブラリ旅なんだからしかたないのだ。

かつて司馬遼太郎の『峠』を二度ほど読んだことがあり、北越戊辰戦争で負傷した河井継之助が会津に逃げる途中で死んでしまったということは知っていた。

しかし、そのルートは八十里越と呼ばれる六十里越とは別のルートで、しかも自動車の通れる国道としてはまだ整備されていないことを、この記念館で知る。

長岡市民的には、まっすぐに顕彰するにはいささか愛憎半ばしすぎる人物が、その終焉の地できっちり顕彰されているというのは、なかなかに歴史の奥深さを感じさせるエピソードではある。

記念館を出て、そのまま只見川沿いに下っていき、本日のキャンプサイトである沼沢湖へ向かう。

(以下次号、って連載かよ)

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